集団的自衛権の論議って


我が家の小6の息子は、集団的自衛権に興味があり、A紙の社説なんぞを読んでいるが、小6に社説の内容がどの程度理解できるのかわかりかねる。
さて、「閣議決定って?」と聞かれると、閣議決定の法的意味は??ってことを考え、即答できなかったりする。
学生時代に読んだマハンの「海上権力私論」を読み返すと、閣議決定の「憲法施工から67年・・・中略・・・我が国を取り巻く安全保障環境は根本的に変容する」と書かれているが、マハンの「シーパワー」の概念はいまだに通用しているように感じる。
新渡戸稲造が著した武士道は、「日本人は、いかにして道徳を身に付けるのか。」が書かれているそうである(何度か翻訳書で読んだが自らの理解の乏しさもあり「書いてある」とは書けないところである)。そこに書かれた道徳とは、、「義」「勇」「仁」「礼」「誠」である。
道徳心をもった「成熟」した武人集団ですら、暴走してしまったのだろうか? 道徳心がなくなり、先の大戦へと突き進んだのだろうか? 武力を行使するときは、ここが成熟した道徳心をもっていることも重要であるように思えてならない。文民統制の文民は、さらに成熟度が高くないといけないと思う。
私は、決して国粋でもないが、名刀をもって、しかも抜かずして相手と「座して話」をできる国であってほしいと思う。今回の集団的自衛権の論議もどちらの側に立っても批判はたやすい。もし、自らが今の首相であれば、どのような判断や方向づけをしたかじっくり考える必要があるように思う。平和憲法をもってノーベル平和賞のノミネートこぎつけた人もいる。平和憲法を抑止力とするなら、さらに成熟した外交力が必要になるのだと素朴に思う。
私が酔うと、小6の双子、高1の子に「外交官」になろうという気概を持てとよく言うが、国益以上に、国民を守るという信念を持たれて職務をまっとうする方々に敬意をいただくとともに、その方々が国際社会の中になって成熟した判断をさえることを切に願うのである。

支離滅裂であるが、集団的自衛権の論議に思う愚感である。